海外の世界遺産その2:夢の海外旅行.com



エジプトの世界遺産ギザのピラミッドのすばらしさ

エジプトの世界遺産・ギザの大ピラミッドとは、ピラミッド建築の頂点とされるクフ王のピラミッドです。
ここは、世界の七不思議で唯一現存する建造物です。

なお、余談ですが最近選定された「新・世界七不思議」では、落選しました。
残念です。

世界遺産とは、1972年のユネスコは総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。

エジプトの「メンフィスとその墓地遺跡」から「ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」は、1979年に「文化遺産」 に登録されました。
世界4大文明のひとつ、ナイル川の恵を受けた豊饒のこの地は約3000年にわたる古代エジプトの繁栄を支えましてた。
そして、紀元前3000〜2500年前後、エジプト王国ファラオの確立で数多くのピラミッドが建造されたと思われます。

一般にピラミッドは「王の墓」と言われています。
しかし、実はその真相はよく判っていません。

ギザの三大ピラミッドとは、「クフ王のピラミッド」、「カフラー王のピラミッド」、「メンカウラー王のピラミッド」のことを指します。
これら特に完成度、保存状態が優れています。

中でも建築の頂点とされる「クフ王のピラミッド」は、建造目的や内部構造の点においても、世界の七不思議で唯一現存する建造物として慎重されています。

また、王家の偉大さのシンボル、ギザの「守り神」として建造されてる「スフィンクス」は、ピラミッドより200年前にはすでに点てられていたようです。
posted by 夢の海外旅行 at 08:55 | 海外の世界遺産その2

インドの世界遺産タージマハル

インドの世界遺産・タージマハルは、世界でもっとも美しい霊廟とよばれるインド北部アーグラにある総大理石造の墓廟建築なのです。
そして世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つもののことなのです。

このインドのタージマハルは、1983年に「文化遺産」に認定されました。
ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位1628〜1658)は王妃を溺愛していました。
そして、「ムムターズ・マハル」(宮廷の選ばれし者)と名づけました。

王妃は14人の子どもを生みます。
そして、やがて皇帝より早く「ムムターズ・マハル」が36歳の若さで死去すると、死を深く悲しみました。
そして、記憶を永遠に留めるために墓廟が建てられたとされています。

それがインドを代表する世界遺産「タージマハル」です。
これは、皇后の名から変化した(宮廷の冠)という意味だそうです。

建築物は、1632年に着手されました。
そして、22年の歳月をかけて造られたそうです。

全てが白大理石です。
そして、細かい彫刻が至る所に施されています。

また、左右対称で均整がとられています。
また、ムガル建築としての伝統を引き継ぎ高めた廟建築です。

敷地は17ヘクタールです。
そしてその庭園の中央の池に白大理石の映る廟は、とても幻想的で美しいです。
当時の年代記に「その偉容と美しさは、天上の七つの楽園をも凌ぐ」と記されているそうです。

皇帝はヤムナー川の対岸に自らの霊廟を黒大理石で造りました。
そして、タージ・マハルと橋でつなぐ計画であったと言います。

しかし皇帝は三男によってアーグラ城に幽閉されました。
残念ながらその夢は果たせなかったようです。
posted by 夢の海外旅行 at 08:34 | 海外の世界遺産その2

カンボジアの世界遺産アンコールワットの紹介

カンボジアの世界遺産・アンコールワットは、カンボジアにあるアンコール遺跡の一つです。
ここは遺跡群を代表する寺院建築です。

大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられています。
また、カンボジア国旗の中央にも同国の象徴として描かれています。

世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。

カンボジアの「アンコール・ワット」と「遺跡群」は、1992年の「文化遺産」に登録されました。
アンコールワットは12〜13世紀にカンボジア王朝の象徴です。
アンコールワットは、スーリヤヴァルマン2世によって建てられました。

ヒンドゥー教最大の寺院です。
また、栄えたアンコール王朝の都城でもあります。

アンコール・ワットとは「大きな寺」という意味ださうです。
その環濠を含む大きさは東西約 1,500m、南北約 1,300mもあります。
広大ですね。

「アンコールワット」は、インドの影響を強く受けています。
また、ヒンドゥー教と仏教の融合文化の「クメール文化」を表すレリーフが廊下や壁にほどこされてあります。
また、回廊は「陸と山」、周囲の堀は「海」を表しています。

アンコール遺跡群の「アンコール・トム」の巨大な5つの城門も歴史的価値が高いです。
世界一長大な浅浮彫や、巨大な彫刻「バイヨンの微笑み」は特に有名ですね。

802年に創設されました。
そして、1113年に完成した世界最大の宗教建築「アンコール」です
しかし、戦争に翻弄され続けた過酷な歴史がアンコールワットにはあります。

現在では平和を取り戻して、国際支援による保護・修復作業続けられています。
ぜひこのすばらしい歴史遺産を後世に残していきたいですね。
posted by 夢の海外旅行 at 08:40 | 海外の世界遺産その2

中国の世界遺産である万里長城の紹介

中国の世界遺産・万里の長城は、宇宙からも見えるそうです。
それほどの巨大な世界遺産なのです。

現存する主要な部分だけでも 約3,000kmあります。
また総延長距離は12,000kmにも及びます。
凄すぎます。

世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものをこう呼びます。

1987年に「万里の長城」遺跡は、「文化遺産」として認定されました。
その範囲は河北省、北京市、山西省、陝西省、内モンゴル自治区、寧夏回族自治区、甘粛省まで至る城壁です。

一般に城壁は、秦の始皇帝が造ったと知られていますね。
しかし、世界遺産で知られる「万里の長城」は、明代(1368年〜1644年)に作られたもののようです。

始皇帝の時代の長城は土製です。
この時代のものは、馬や人が乗り越えられなければ良いと考えられていたそうです。
ですから、高い城壁では造られませんでした。

その後、中国人の王朝の明がモンゴル人の王朝である元を北方の草原へ追放して、明は長城を強化しました。
それが、現在の形になった理由だそうです。

「万里の長城」は「農耕民族と遊牧民族の境界線」とも表現されます。
これは紀元前7世紀の建築開始から、明代後期の紀元1600年ごろまで、およそ2000年かけてほぼ現在の形に変化してきました。

長城建築の歴史は、戦争を繰り返してきた中国の王朝史を象徴するものといえます。
また、明代の建築技術の高さを伝える「文化遺産」なのです。

北京近郊には万里の長城のほかに、「北京と瀋陽の明・清朝の皇宮群(北京故宮など)」「天壇:北京の皇帝の廟壇」「頤和園:北京の皇帝の庭園」「周口店の北京原人遺跡」「明・清朝の皇帝陵墓群(明の十三陵など)」世界遺産がありますよ。

いろいろと見るべき場所が中国にはあります。
時間がいくら合っても足りないかもしれませんね。
posted by 夢の海外旅行 at 22:49 | 海外の世界遺産その2

中国の世界遺産兵馬俑の紹介

中国の世界遺産「兵馬俑」は、古代中国で死者を埋葬する際に副葬された俑のうち、、秦の始皇帝の陵墓の周辺に埋納された兵士及び馬をかたどったもだそうです。

世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいています。
これは、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。

1987年に中国の「兵馬俑(へいばよう)」は、秦の始皇帝陵の一部として「文化遺産」として登録されました。

「兵馬俑」は、1974年、始皇帝陵から東へ1.5Kmほどの地点で地元農民が井戸を掘ろうとして偶然発見されました。
この発見によって地下に2000年も眠っていた、「兵馬俑」の封印が解かれたのです。

その人馬像の精巧さは、始皇帝の権力の大きさを窺い知ることができます。
「銅車馬坑」や「兵馬俑(埴輪)坑」など、これまでに5万点余りの出土品が見つかりました。

また、兵士の顔はどれ1つとして同じ顔をしたものがありません。
またこれらは、かつての秦の敵国のあった東方を向いて置かれて編成されていました。

最も広い1号墓には戦車なども発掘されました。
そして、統帥部と考えられている、2号墓、3号墓があります。

また、整然と並ぶ数千体もの人馬の群れは世を驚愕させました。
まさに、見る側を圧倒させる迫力があります。

兵馬のみならず宮殿の実物大のレプリカや、文官や芸人等の傭も発掘されているそうです。
このことは、生前の始皇帝の生活そのものを来世に持って行こうとしたのかもしれませんね。
posted by 夢の海外旅行 at 08:26 | 海外の世界遺産その2

ペルーの世界遺産マチュピチュ遺跡の説明

南米・ペルーの世界遺産「マチュビチュ(Machu Picchu)遺跡」は、よく保存されたインカの遺跡ですね。
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものをこう呼びます。

南米・ペルーの「マチュピチュ」遺跡は、1983年に「複合遺産」として登録されたそうです。
現在ペルー国内では10ヶ所あるユネスコの世界遺産のうちでは最初にクスコと同時(1983年)に指定されましたそうですよ。

このマチュピチュは南米にある世界遺産では、もっとも有名な遺跡ですね。
この「マチュピチュ」の意味はあなたはご存知でしょうか?
このマチュピチュとは、現地語で「老いた峰」を意味します。

そして、謎の多い「空中都市」としても知られていますよ。

「マチュピチュ」遺跡は、ペルーのウルバンバ谷に沿う、標高2,280mの高い山の尾根の頂上に位置します。
そして、山裾からはその存在を全く確認することはできません。

このマチュピチュは1911年にアメリカ人歴史学者「ハイラム・ビンガム」によって見つけられました

この遺跡には3mづつ上がる段々畑が40段あります。
そして、全部で3,000段の階段でつながっています。
こんなにあるとあまり上りたくありません。

また、石の建物の総数は約200戸が数えられるそうです。

この遺跡は、インカの人々がスペイン人から逃れるため、作戦を練るための秘密都市だったという説もあります
しかし、本当の所は未だ解明はされてはいないのが現状のようです。

謎の多い「空中都市」ですが、居住区や神殿、宮殿など、16世紀半ばのインカの人々の高度な文明が栄えていた証といえるでしょう。
このことは疑う余地もありません。
posted by 夢の海外旅行 at 09:28 | 海外の世界遺産その2

ブラジルの世界遺産イグアスの滝

世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものです。

世界遺産「イグアスの滝」は、「自然遺産」の分類です。
そのイグアスの滝は、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチンの三国の国境をまたぐ巨大な滝ということです。

そのため同じ「イグアスの滝」でも申請の時期が異なります。
アルゼンチン共和国は1984年です。
また、ブラジル連邦共和国が1986年となっていますよ。

面白いですね。
ではあなたはこのイグアスという言葉の意味をご存知でしょうか?

「イグアス」というのは先住民グアラニー族の言葉で「巨大な川」という意味です。
これは、地響きのような迫力ある音から「悪魔ののど笛」とも呼ばれているそうてず。

「イグアスの滝」は1つの滝ではありません。
イグアス川の大小300もある滝の総称のことのようです。

最大落差80メートルもあります。
また、滝幅4kmです。

このイグアスの滝はブラジル・アルゼンチンをまたいでいます。

ですからどちらかでも滝を見ることが可能なのです。
北米の「ナイアガラの滝」、アフリカの「ヴィクトリア滝」と並ぶ世界三大瀑布の1つなのです。

アメリカのルーズベルト大統領が夫妻で訪れた時、イグアスの滝を見た夫人が「かわいそうな私のナイアガラよ」と言った話は有名ですね。
地元の人々に語り継がれる「滝にかかる虹」の伝説があります。
それは、シャーマンが「世にも不思議なことを起こす」という神のお告げを聞いた後、月の光が作り出す神秘的な虹が滝にかかったと伝えられています。

このイグアスの滝が水量が増すのは8月から12月です。
水量が多いほうが、滝の迫力が増しますよ。
また、虹を多く見られるこのシーズンが観光には最も適したシーズンといえるでしょう。

ぜひあなたも機会があればこの時期にイグアスの滝を訪れることをお勧めします。
posted by 夢の海外旅行 at 22:50 | 海外の世界遺産その2

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